1週間工程なるものを始めた。1週間単位で仕上げる作業を決め、工程にしたがって作業を進める。そのようなものだ。初めてのように感じたのだが、自分自身としてはすでに40年前に行なっていたことでもある。そんな昔話をしようと思うのだが。
訳あって30になって職業分野を変えた。広告代理店のデザインセクションで仕事を始めた。デザインの仕事だが、自分には未経験のものである。まあ世間というのは馬鹿者の集まりであり、自分で考えることができない連中の集まりだ。
立川高校、東京藝術大学卒。立川あたりで働くにはこれほどの有利な経歴はない。その当時はそんなことも考えたこともなかったのだが。
さてさての本題である。自分の人生経験などを話すつもりはない。最近の話。Creative能力についての話だ。
芸術教育なるものを邪魔なものだと断じて、高校の授業から熱心に排除していた連中はどんなものだろうか。東大あたりのつまらない大学卒の役人どもであろう。作ることに関して何も知らない連中。恥をかきたくないからそんなことを始めたのだが、全く時代を読むことができない小役人どもである。
そんな連中が急に創造力、Creative力について熱心に語るようになった。笑える話だ。作った経験もないお前らには到底無理な話なのである。無駄な補助金が浪費され、さらにこの社会が貧しくなる。これは間違いない。
そんな連中は自分たちの人生には何ら関係ない。自分のことは自分で。まさに自己責任の社会となったわけだ。まさに人のことなど非難する暇もなく、自分の力を最大限に発揮するための訓練を各自が始めなければならないのだ。
で、Creative能力だ。どのようにしたらこの能力を身につけることができるのか。先にも書いたように、最近の人間のほとんどはCreative能力を磨くための学校教育も受けたことはない。途方に迷うのも無理もない話だ。
だがCreative能力は特殊な能力のある人間だけが持つものだ。全くの間違いである。誰でもがこの能力を持っているとまでは言わないが、習得する方法を知れば、その人間は誰でもがこの能力を持つことができる。間違いない。では具体的にはどうするのか。
次の記事だ。再度このサイトを訪問すればわかる話である。