東京藝術大学卒。毎日画家、絵画研究家。CG研所長。
舞台映像や執筆活動を展開。これまでに出版した書籍は10冊を超える。現在専門学校Yにて3Dソフトからゲームプログラミング(MayaおよびUnity)までを活用したリアルタイム映像授業を担当する。

moru2020.com

日々の思索とデジタル表現が交差する、MORU55の創作拠点。
絵画、CG、散策日誌、IT評論を通して、美術とテクノロジーの新しい視点を探る個人メディア moru2020.com
創作と考察が静かに広がるオンラインギャラリーです。

A creative base where daily reflection and digital expression intersect — the work of MORU55.
Through painting, CG, walking journals, and IT commentary, moru2020.com is a personal media platform that explores new perspectives at the intersection of art and technology. It is an online gallery where creation and contemplation quietly expand.

Graduate of Tokyo University of the Arts. A daily painter and painting researcher.
Director of the CG Research Institute, engaged in stage visual production and writing activities. To date, more than ten books have been published.
Also teaches real-time visual production using 3D software (MAYA and UNITY) at a vocational school.

 

Me-Art

日々の暮らしの中に、さりげなく飾ることができる作品との出会いを大切にし、
「気軽にアートを楽しむ」という新しい絵画のあり方を提案しています。

ポストカードサイズだから、棚やデスク、玄関にも気軽に飾れます。
身近な風景や花、動物たちが、
暮らしにさりげない彩りと安らぎを届けます。

自作の時代

物価高騰の苦しい社会となった。しかし嘆いてばかりいてもどうにもならない。無能な政府などに頼ることなく自分で工夫して乗り切る以外はない。ではどうするのか。自分の場合は自作である。 無論何もかも自作することは不可能であるが、改めて生活を見直してみれば自作できることが多いことがわかる。この時にネックとなるのが旧時代的な考え方だ。例えばものの値段。 大量に作り大量に消費するから一つ一つの物の値段がやすい。

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想文:失われた集中力を取り戻す方法は?

駅の構内であれほどの注意放送がされているのに、一向に減らないのが歩きスマフォである。毎日電車を利用するわけでもないのだが、以前よりよほどひどくなっているような気がする。自分だけではないであろう。迷惑な歩きスマフォではあるが、自分も実のところは同じようなことになっているのでは、そんなことを感じる今日この頃である。 歩きスマフォの連中の心理的な状態はどのようなものであろうか。ある種の自慢げな行動なのか

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米価格の暴落がすでに始まっていることについて

最近のこの社会の動きの特徴は何か。それは揺れ幅が極端であること。政治ならば、ある政党が選挙で大量当選した次の選挙では大敗するなど。その政党が別段変化したわけでもないので。このことが何を意味しているのか、私にはわからない。またまともに検証批判する評論家も現在の社会では皆無であることも、寂しい限りなのであるが。 今回の騒動はどうか。米価格の暴落である。忖度気味のマスコミなどはそれほど騒いでいるわけでも

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想文9月1日:サプリメントに殺されないために知っておくべきこと

以前の話にはなるが、著名な経済評論家が亡くなった。政府に迎合するマスコミ輩が多い中では、自分の主張がはっきりしており、賛否はともかくとも随分と貴重な存在であったことは間違いない。 死因は癌なのだが、確か60代だと思う。早すぎる死だ。 癌については未だその原因がはっきりしていない。タバコと肺がんの関連性は言われているが、その他の癌についてはどうであろうか。原因がはっきりしないから有効な治療方法も見つ

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想文8月31日:米騒動で分かったことは

水物や米などの重いものはネットスーパーで購入している。これまで自分が何を買ったのかあるいはその時のその物の値段などが分かって面白い物だ。 最近びっくりしたことがある。米騒動のことである。米の値段が暴落するなどネットでの情報が盛んであるが、まだ自分としては実感していなかったのであるが、最近のネットスーパーでの買い物の驚くことがあった。 米の話。先月と同じものを購入しようとしたのだが、値段が大幅に下落

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想文8月30日:老人の運動について

自分の老人になったからだろう。周りの老人の動きについ目がいってしまう。手押し車の老人がいかに多いことか。自分はそうはなりたくないと思うのだが、そんな上手い方法があるのだろうか。誰でもが何をしても同じような手押し車老人になるには必然なのか。 このように思っているのは自分だけではないようだ。ネットを見ていてもこの種の話が最近は多い。運動と長生きとの関係。あるいは運動と健康寿命との関係など。 人は誰でも

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想文が始まる:自分都合な話なのだが

自分が書く文章についてどのような名前を考えているところ。記事あるいはエッセイ、どうも自分にはしっくりとはこない。何も自分が書く文章が特別というわけでもないが、記事やエッセイなどの言葉は大袈裟すぎる気がするから。そこでとりあえずの名前をつけてみた。私文である。まあ単なる記号なのであるが。 さて今回の主題はどうか。なんの役にも立たないことにしようと思う。自分が単にやっていることの記録。それでも何かしら

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日々ログ

日常の中にある小さな発見や季節の移ろいを楽しみながら、無理なく歩くことを大切にし
特別な目的地を設けず、その日の気分で街や自然と向き合う、心を整えるための「日々の散策」。

Finding quiet joy in small, everyday discoveries and the subtle shift of the seasons, we walk without haste. With no fixed destination, we allow our hearts to wander—meeting the city and nature as they are, guided only by the feeling of the day. These are daily walks, a soft ritual for restoring calm and clarity within.