AI時代になって

このセクション(CG_Lavo)の記事をサボっていたらいつの間にかCG関連の風景が激減していた。AIである。育成型のAIである。これまでのAIは単なる自動化ツールだったのが、あっという間に作るAIになっていたのである。

間抜けな日本政府と同様な間抜けな自分。周回遅れも2、3周どころではない私ではあるが、急速に使い方をマスターした自分でもある。自慢すべき話でもないのだが。

そもそも独創的な人間などほとんど存在しない。これが現実なのである。偉そうにテレビなどで意見をまくしたている連中。いわゆる評論タレントなどの意見も受け売りにしかすぎない。そんな連中の話を信じている連中などはまさに虫である。

ではどうする。独創性なき時代をどのように生きるのか。他人の人生ではなく自分の人生を生きるにはどうするか。自分がこれまで経験してきたことを箇条書きにして、AIに答えを出してもらう。あまりにも恐ろしい話ではあるが、それほど荒唐無稽でもないこと。

ありきたりの人生に幾つかの香辛料を加えてみる。そんな時代なのだろうか。

さて具体的な話に。いつもながらのことではあるが、AI盗作疑惑について。何回も繰り返しの話なのだが、その都度のいい加減は判断ばかりであり、先が見えない。AI盗作なるものが存在するのかどうか。

今では珍しくもないAIを使った小説の盗作疑惑。日本の場合はAIを使ったことで逆に注目を浴びたのであるが、今回の場合は出版差し止めということだ。その小説とは、「Shy Girl」というもの。推理小説しか読まない自分としては当然読んではいないしまた中身に興味もあるわけではない。

ありきたりの話ではあるのだが、釈然としないところもあるのは確かだ。まずは誰がAIで作られたものだと言い立てたのかである。まさか正義感などというものではないだろう。やっかみあるいは嫉妬。そんなところ。根っからの卑怯者の意見に左右される。いかにもだらしない出版社だ。

問題はそれだけではない。最初にこの本は自費出版で出されたもの。電子書籍でだ。そしてこの本が売れていることを知ったその出版社の編集者が自分の社の本として出版しようとした。ことの始まりだ。マスコミの連中なども奴らの情報のほとんどはネット情報のパクリであり、まさにこの本の事情も編集者の怠慢が引き起こしたものと言える。それなのに著者が悪いような言い草。この出版社もいかにも卑怯な人間どもだ。

色々な本やネット情報を使ってAIが知識を持つようになる。そしてAIが作る文章なるものもそれらの情報を活用したものだから、盗作である。このような論法であるが、どうだろうか。他の本の文章を丸ごと写した芥川賞候補作家のことがあった。まあこちらはまさに盗作なのであるが、AI作成文章を活用することが盗作となるか。法律的にはどうなのだろうか。

私なども絵を描いていて他人が描いたものを真似しようと思ったことは一度もない。つまらないことであり、何しろ絵を描くことで何か得しようとも思ったこともない。ただただ描くことが楽しいだけなのである。

AIを活用することはどうか。真似ではないことは確かだ。ではなぜAIを使うのか、あるいは使ったのか。あたかも作家が隠し事をして金儲けを企んだ。通報者の言い分なのであろうが。それは違うのではないか。何しろ自費出版であり、そのことが今回の問題の最大のポイントではないか。

俗悪なワイドショー的なところで偉そうに発言している奴ら。いわゆる表面的な知識人野郎ども。こいつらの意見もそもそも他人の受け売りであり、こいつらこそ盗作人間ではないのか。まったバカな世間どもの判断は笑えるだけの今だ。